勝負球はパームボール blog

とある大学院生の日常

北朝鮮離脱住民定着支援について(2020/09/03追記)

こんにちは。simkenです。

この情報は以前のデータなので、現在の支援内容に関しては、次の資料を参考にしてください。(2020/09/03追記)

 

www.unikorea.go.kr

 

今回は、タイトルにあるように北朝鮮離脱住民定着支援について解説しようと思います。なぜ記事にしようかと思った理由は、以下の画像にあります。

f:id:shimken:20190323225612j:plain
f:id:shimken:20190323225623j:plain

Twitter上で、とある方とこのようなやりとりをしたためです。こちらのツイートは事実とは異なる情報があり、自分のフォロワーよりも多くのフォロワーさんがいるため、間違った情報で覚えてしまう恐れがあるためから、記事を書こうと決めました。

この方とのやり取りの発端は、脱北者がナヌムの家に行くとツイートされていたところから始まります。なぜ気になったのかは、後に説明します。

この方のツイートで、間違っている点は以下の通りです。

1.ナヌムの家とハナ院を誤解

2.韓国入国後から韓国社会への編入課程についての誤解

3.定着支援制度の変化に対する情報のアップデートをしていない

4.そもそも定着支援制度に関して正確な知識を持っていない(と予測される)

ということから、上記の点から解説していこうと思います。            なお、時間の都合上、資料が韓国語原文のままになります。

ハナ院とは?

正式名称は北朝鮮離脱住民定着支援事務所(북한이탈주미정착지원사무소)であり、通称ハナ院と呼ばれています。こちらの施設では韓国社会編入のために、社会適応教育を受ける場所であり、5つのプログラムから成り立つ12週間406時間の正規課程と、自主参加型補習プログラムとしてさらに363時間の教育課程もあります。自主参加型は週末や放課後に行われる課程です。正規課程では、2017年から生涯設計プログラム(27時間)が新設されました。

なお、正確な所在地に関しては公開されていません。1999年に京畿道安城市にハナ院(本部)が開設され、 2012年12月に江原道華川郡に第二ハナ院(華川分所)が開院されました。その間にも2006年3月に京畿道始興市始興分院として開院、その後2009年に始興市から京畿道楊州市へと移転開院されています。日本語文献では、研究の乏しさと最新のものがないことから、ハナ院が一つしかないように書かれていることがありますが、それは違うということも理解していただけるとありがたいです。

 

図1 ハナ院の教育課程(韓国語)

 

f:id:shimken:20190324004605p:plain

出所:統一部『2019 統一白書』統一部、2019年、p209。

 

Twitterの話に戻します。まず、自分が気になったのは、「普通は脱北者がナヌムの家に行くことがある」というツイートがあったことです。プライベートで行くことに関しては自分の知らない情報で当然ですが、普通はということに疑問が湧き、尋ねたところ写真一枚目左のリプが返ってきました。内容を検討したところ、ハナ院であることが分かり、それを指摘したところ写真1枚目右のリプにつながるわけですが、上記の解説の通り全くの出鱈目と言えます。相手は何を根拠にと言っていますが、自分の主張は「北朝鮮離脱住民の保護並びに定着支援に関する法律」とこの法律に基づき策定された政策の内容なんですけどね。統一部のHPにも載っていますし、すぐ確認できることばかりです。

では、その方が言う身元調査とはどこでするのか?次の解説です。

韓国入国~韓国社会編入

以下の図は、脱北者の保護要請から韓国社会編入するまでの図式化したものになります。なお、これは統一部のHPでも確認できます。

こちら→입국및정착과정< 현황< 북한이탈주민정책< 주요사업< 통일부_국문

図2 北朝鮮離脱住民定着支援の流れ(韓国語)

f:id:shimken:20190324011401p:plain

出所:統一部『2019 統一白書』統一部、2019年、p204。

 

真ん中に국내입국(国内入国)という下に합동조사(合同調査)という文字が見えますでしょうか。この合同調査にて身元確認を行います。統一部、国家情報院、警察などを含めた合同尋問調査です。この調査にて人権侵害の実態調査も報告されていますが、今回は割愛します。この合同調査にて、スパイではないのか、あるいは脱北者のふりをした中国人、中国朝鮮族ではないのかなど身辺調査を行います。その後、北朝鮮から逃れてきた者と認定されれば、正式に北朝鮮離脱住民として保護認定され、ハナ院へと移送されます。ハナ院の課程修了後には、家族関係登録、住居斡旋(居住地配置決定)などされて、韓国社会に本格的に編入することになります。

定着支援金貰うって聞いたけど?

一枚目の画像にもあるように、定着支援金を貰いますが、実際の金額はどれくらいか確認してみましょう。まず、現在の定着支援金からです。

図3 定着金細部支給基準(韓国語)

f:id:shimken:20190324015520p:plain

出所:統一部『2019 統一白書』統一部、2019年、p220より一部抜粋。

 

まず、ハナ院終了後に支給されるものが基本金(기본금)と住居支援金(주거지원금)になります。基本金は、1人世帯700万ウォンです。まず初期支給金に400万ウォン、3回の分割による分割支給金で計300万ウォンが支払われる形になっています。なぜこのような形式になったのかと言えば、資本主義社会に慣れていなかった北朝鮮離脱住民が支援金を貰ってすぐに浪費してしまったことや、脱北ブローカーに対して脱北費用の借金返済として使ってしまうことにより、韓国社会での自立・自活生活が困難になるケースが報告され、本来の用途と異なる使用方法を防ぐために変更されました。

2019年度から定着金に変更があります。『2019年度北朝鮮離脱住民定着支援施行計画』によると、定着基本金を1人当たり100万ウォンの増額をするとのことです。初期支給時に1人100万ウォン増額された金額がされるとのことで、よって、1人400→500、2人500→700、3人600→900という形です。詳しくは以下の画像を参照してください。

図4 19年度定着基本金の支給基準

f:id:shimken:20190328225935p:plain

出所:『2019年度北朝鮮離脱住民定着支援施行計画』p44。

もう一つの住居支援金は1人世帯に1600万ウォン、2人世帯に2000万ウォンとなっています。つまり、1人世帯の場合、基本金の700万ウォンと住居支援金の1600万ウォンの合計2300万ウォンが支給されていることになります。これ以外にも奨励金の形としていくつか条件を満たせば加算金として支給されるとされています。

一枚目写真にて1000万ウォンと数字が出されていますが、果たしてどの支援金が1000万ウォンなのか、はたまた1000万ウォンという数字は適当なのか確認してみましょう。下の表は定着支援金の金額の変化を示したものです。

表1 定着金の金額変化

f:id:shimken:20190330173716p:plain

 出所:統一部『統一白書』の記述を基に筆者作成。

 

この中から、1000万ウォンという数字にこだわるのであれば2005年の住居支援金になるでしょうか。どちらにせよ古い情報ではあることに間違いないですね。ちなみに2007年を境に住居支援金が大幅に増加され、基本金の分割支給金が減額されたことも確認できますね。

定着支援制度の政策って何を根拠に?

さて、定着支援政策は何を根拠に策定されているのでしょうか?現在の支援制度は、1997年に施行された「北朝鮮離脱住民の保護並びに定着支援に関する法律」(通称:「北朝鮮離脱住民法」)を基に作られています。あれ、過去にも北朝鮮から来た人って居たよね?って思われた方鋭いです。過去には以下のような法律で支援していました。

  • 1962年~「国家有功者並び越南帰順者特別援護法」
  • 1979年~「越南帰順勇士特別補償法」
  • 1993年~「帰順北朝鮮同胞保護法」

これらの支援内容の変化もなかなか興味深いのですが、それは難しいのでパスしておきましょう。支援金(補償金)やら名称やら担当部署やら待遇など注目です。

北朝鮮離脱住民法」では、北朝鮮離脱住民の定義や支援の内容、北朝鮮離脱住民財団(現:南北ハナ財団)についてなど書かれています。上記の3つの法律も合わせて、法律の原文は、국가법령정보센터(国家法令情報センター)にて確認できます。

ということで、自分が今まで解説してきたことはこの法律に沿って作られた政策と、その政策を紹介する資料を持って行ってきました。つまり、1枚目の何を根拠に言うがという相手のコメントは、自身が北朝鮮離脱住民定着支援政策の正確な知識を持っていないということを証明していることになると思われます。さすがに事実と異なる情報をあそこまで言われるとねぇ...別にあの方に北朝鮮離脱住民の知り合いが居たとしても、事実と異なることであれば、誰かから指摘されるはずですしね。別にこっちは、相手側の知り合いの北朝鮮離脱住民がいるからというマウンティングは気にしておりませんが、筆者も脱北者の知り合いは居ますし、脱北者団体や北朝鮮人権団体にも知り合いいるので、それで自慢されてもというのが本音ですかね...

最後は愚痴をこぼしてしまいましたが、解説は以上です。  

もし気になったことや質問がございましたら、コメントしていただけると嬉しいです。*誹謗中傷や差別的発言は控えてください*

最後に書籍紹介

もし、北朝鮮離脱住民定着支援に関して興味を持たれた方で、韓国語が読める場合には統一部のHPやそこにある資料をおすすめします。書籍であれば、少しだけ前の本になりますが、次の2冊でしょうか。

김영하『새터민을 통해 본 남북한 사회 그리고 통일』경북대학교출판부, 2010년.   (キム・ヨンハ『セト民を通して見た南北朝鮮社会そして統一』慶北大学校出版部、2010年。)

www.kyobobook.co.kr

조용관・김윤영『탈북자와 함께하는 통일』한울아카데미, 2009년.         (チョ・ユングァン、キム・ユニョン『脱北者とともにする統一』ハウルアカデミー、2009年)

www.kyobobook.co.kr

 2冊とも近い時期に発売されたものですが、キム・ヨンハ先生の書籍はかなり分厚いですが、情報量はかなりなものです。特にセト民という呼称を巡る韓国社会での動きに関して、参考することもよさそうです。実際にキム・ヨンハ先生の講義を受けたこともあり、いろいろと教えてもらいました。

韓国語無理だけど英語でならという方には、次の洋書をお勧めします。(少しお高いのがネックですが、ペーパーバック版もあるんですね)

North Korean Defectors in a New and Competitive Society: Issues and Challenges in Resettlement, Adjustment, and the Learning Process

North Korean Defectors in a New and Competitive Society: Issues and Challenges in Resettlement, Adjustment, and the Learning Process

 

こちらは比較的最近発行された書籍ですし、英語もそこまで難しくはないです。定着支援のみならず、韓国社会で生活していくうえでどのような困難や問題点を抱えているのかも理解できる一冊となっています。

日本語の本の場合、先述したとおり、日本では脱北者研究自体が乏しく、論文ですら古いものばかりになっている状態です。

こちらの本では、一応脱北者問題を扱っている部分もありますが、ほんの少しで、具体的な支援制度までは言及されていないです。かといって、パク・ヨンミさんやイ・ヒョンソさんの本は、彼女たち自身の話が中心なので、うまく合わないですね。

新版 北朝鮮入門

新版 北朝鮮入門

 

 ということで、北朝鮮離脱住民問題を本格的に学ぼう!と思われたら、大人しく韓国語を勉強してくださいとしか言いようがありませんね...

 

参考文献

김영하『새터민을 통해 본 남북한 사회 그리고 통일』경북대학교출판부, 2010년.   (キム・ヨンハ『セト民を通して見た南北朝鮮社会そして統一』慶北大学校出版部、2010年。)                                  통일부『2019 통일백서』통일부, 2019년.                    統一部『2019 統一白書』統一部、2019年。